忍城コレクション

雨も小降りになってきたので


そろそろ行ってみましょうか(^o^)/


忍城コレクション♪♪・・・(♪♪アド街風♪♪)

 



 



 

 


 



 

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甲冑武者の皆さん雨の中お疲れ様でした。


行田名物  『ゼリーフライ』

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美味しかった\(^o^)/

[ 2014/11/21 17:13 ] お客様の鎧 | TB(0) | CM(0)

特注大鎧!!

大鎧仕上りました!!

三年越しでの打合せで今年の年明け早々煮詰めての大作です

細かな仕様と拘りを十分詰め込んでの本格仕様の大鎧を

大阪の I 様からのご注文で制作と相成りました。

ご自身が主催されている団体の10周年の記念行事に向けての制作との事です。

三年前にお話しを頂き大阪より幾度かご来店頂き綿密な打合せを重ね、

会えぬ間も( ..)φメールや電話で連絡を取りつつ

お待たせしましたが完成いたしました。


全体 

大厳星、篠垂、鉢の裏、縅糸と細部までもこだわりのある兜です。
 通常の絵革(吹返・眉庇・胴・栴檀鳩尾)は黒が強くなるのですが
型から作り直して白基調での制作致しました。

一海様兜① 

鉢の厳星から吹返、絵革、天辺座に至るまで拘っています。

兜裏 

兜の内張りの中にお守りを埋め込みました。

一海様兜②

八幡座の天辺の穴を大きくし烏帽子が出る様に!
全体の褄取りの色使い。。。(^o^)/

一海様後姿

全体の絵韋も直垂と色を合わせました。
脇板を取り除き障子板や金具類にも気を配り
平安・鎌倉時代にトリップした様な・・・ちょっとオーバーかな?(笑)                                                      

脇板絵韋 

良いでしょ!!

一海様栴檀鳩尾板 

ハイカットに拵えた毛沓。

一海様毛沓① 

ひとつの拘りを追及して新規での制作や幾度かの手直し作業が有りながら
家宝と成るべく大鎧で御座います。

とにかくご覧下さい。 http://ikkaiyoroi.com/kuri01.htm

百聞は一見にしかず
ご本人様のページご覧あれ!!

一海様ご活躍 


こちらの大鎧を着てのご活躍が楽しみです。

一海様白黒写真

I 様とは光山堂の先代の松下社長の頃からのお付き合いで
過去に5~6領の大鎧や総懸の鎧等をお手伝いさせて頂いて居ります。

今後とも益々のご活躍をお祈りして居ります。

これからもお客様のご希望にお応えする様努めて参ります。 
[ 2014/07/30 12:34 ] お客様の鎧 | TB(0) | CM(0)

小幡さくらまつりm(__)m

エイエイオー!・・・・から始まる群馬県小幡さくら祭り!!

お天気に恵まれ絶好のお祭り日和の4月13日(日曜日)

群馬県甘楽郡の城下町小幡にてさくら祭りが催されました。

桜は・・・ちょっと散り際かな(+_+)

毎年うまい具合にいかない処がこれまた良いんです・・・(笑)

国指定の名勝地 “楽山園" にて 出陣式!!

あれ!!前に選ばれし遠方三人衆。

どこよりも遠方からきた武者さんが選ばれたようです。
小幡②
勝どきを上げていざ出陣!!

小幡⑥ 
鎧武者の出陣。。。いざ!いざ!いざ!
小幡⑨
騎馬武者姿もさまになっていますね~。
小幡馬
足軽の皆さん。
この人達のお陰で鎧武者が引き立っているのです。
鎧武者になり替わりまして御礼申し上げます。。。有難うございます。
小幡⑤

小幡⑦ 

今年のゲストは西郷輝彦さん!!
さすが俳優振る舞い方に存在感がありました
西郷輝彦さん 

水戸の御一行様も立ち寄られたみたいで・・・・・・
何処かに風車の弥七がいるかも・・・(笑)

小幡⑩

今年最初とも言える武者行列!!
これからがシーズンの到来となります。
盛り上げて行きましょう。
小幡①

サイコーのお天気で私達も楽しい一日が過ごせました。

城下町小幡さくら祭り「武者行列」は
1615年(元和元年)徳川家康より織田信雄(のぶかつ)に
小幡藩(上州小幡二万石)が与えられ
8代信邦(のぶくに)が1767年蟄居となるまでの
152年にわたり小幡藩を統治されたことに由来します。



[ 2014/04/21 15:28 ] お客様の鎧 | TB(0) | CM(2)

浅草奥山こども歌舞伎まつり!

恒例の浅草奥山こども歌舞伎まつりに今年もお邪魔させて頂きました。

観せて頂いたのは二百数十年の伝統を誇る小鹿野歌舞伎。

子供達の歌舞伎も江戸時代から始まったそうです。

ご挨拶

最初の幕開きの祝儀として舞う三番叟で公演の成功と安全を祈ります。
三番叟

続きまして

絵本太功記十段目尼崎閑居之場
(えほんたいこうきじゅうだんめ あまがさきかんきょのば)

絵本太功記は明智光秀が主君織田信長を本能寺で討った後、

羽柴秀吉に滅ぼされるまでの経過を十三段に脚色した芝居だそうです。

配役等に実名を避けて違う名前を付けて演じられているのも特徴です。

<光秀

重い甲冑を付けて光秀役を演じているのは中学一年生!

人情味あるお芝居が続き観ている人も引き込まれます。
母と許嫁

浅草の商店の方や日本のお客さんそして外国からの観光客の

心を釘付けにした小鹿野町子供歌舞伎を

今年も観られて楽しいひと時を過ごす事が出来ました。

これからも日本の伝統文化を引き継いで行って下さいね。
[ 2014/04/12 16:36 ] お客様の鎧 | TB(0) | CM(0)

故郷を遠く離れて(^_^)/

先日の土曜日、世界ふしぎ発見!!

織田信長公のデスマスクが存在するとかしないとかやっていました。

信長公には弥助と言う名の遠くモザンビーク島から

イタリアの宣教師に連れてこられた家臣が居たそうな…。

弥助は本能寺でも応戦したが叶わず、 光秀に討たれた信長公の首を

本能寺からそっと持ち出しデスマスクを作ったとか・・・・!? 

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それがホントだとすると信長の首が見つからないのも頷けるし

弥助が残したと言われる西洋の風習のデスマスクも存在する・・・・かも!!


面白い話です。。。。。確かに面白い!!

モザンビーク島から連れたこられた弥助の漆黒の身体を

信長公は当初何度も洗わせたらしいです。

弥助は黒人の奴隷だったようで身体も大きく力もあり相撲も取らせた様です。

そんな弥助を信長公はとても可愛がり脇に召し抱えられたそうです。。


外人なのに弥助・・・・?!

由来はと言うとモザンビークの男性名にヤスフェという名前が多く

そのヤスフェが訛り弥助と名付けられたみたいです

その他にも肩の事をオンブロ・・・そう、おんぶです。。。

まだまだ他にもあるみたいですが・・・・

もしかしてあのルーツのキンタクンテが来ていたら・・・金太郎か?・・・まさか!

それと・そうそう・・あの時代、他にも外国人がいたみたいです・・よ。

日本名 山科羅久呂左衛門勝成を名乗るイタリア人の武将が\(◎o◎)/!

イタリア名 ジョバン・ロルテスといいマルタ騎士団出身で

蒲生氏郷公に仕えて鉄砲や大筒の名手だったそうです。

弥助も山科勝成も故郷を遠く離れて実に頼もしい!!

☆☆光山堂のお客さんも日本各地で活躍中☆☆
ファイト一発
ファイト一発!!


面白かったら拍手してね
!!
ヨロシクね
[ 2013/06/14 14:36 ] お客様の鎧 | TB(0) | CM(0)