白鷺のごとき甦る姫路城!!

昨年平成の修理が終わった

姫路城を訪れました。

白鷺城の名のごとく美しさが甦りました。

完成直後、白過ぎるなんて言われていたけどそんなでもない感じ。。。かな?

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姫路城の美しさの象徴でもある漆喰壁。

消石灰、貝灰、すさ(つなぎ材料)、海藻などの伝統的な材料で

仕上げる工法でその厚さはなんと3cmもあるそうです。

さすが日本の職人さん。素晴らしい!!

屋根瓦の継ぎ目にも特殊な漆喰が使われています。

それぞれの職人さんが最高の技術で作り上げているんです。

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大天守から長局(百閒廊下)まで見下ろせます。

大迫力!!

上から見ても長いけれど平面図で見るともっと長い((((;゚Д゚)))))))

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(姫路城パンフレットより)


姫路城は歴代城主が数多いので

黒田孝高(官兵衛)羽柴秀吉、池田輝政、本田忠政。。。等々

軒丸瓦の家紋も色々で。。。これもまた面白い(-ω-)/
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関ケ原合戦後に城主になった池田輝政公が

城内拡張工事を施し

今のような五層の天守閣の形にしたそうです。

みんなの家紋を付けて上げるなんてなんて懐が深いお方!!

姫路城⑥





下の画像は羽柴秀吉時代に作られた油壁です。

高さの違う塀に挟まれる形で残っています。

油壁ですけど油は使っていませんよ(笑)

色が油みたいなので油壁と言われたそうです。

赤土粘土と砂利、米の研ぎ汁で固めていて強度があり

鉄砲の玉もはじき返したと言われています。


姫路城⑫    姫路城⑭
油壁は白い漆喰が塗られていませんが度重なる火災でも類焼を免れています。

その下の石垣も秀吉時代の物です。

現代の技術と昔の技術が相合わさって生まれ変わった

白鷺城です!

今年のお城巡りの記事もこれで最後かなぁ。。。

まだ訪れていないお城が沢山あります!

お勧めのお城があれば教えて下さいね~!!


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

姫路城には姫路城大発見と言うアプリがあり

敷地内のARマークの所にスマホをかざすと

その情報が見られます。

歴代城主も驚いていることでしょうね~(#^^#)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆  

Fumie記














[ 2017/10/28 13:28 ] 見聞録!! | TB(0) | CM(0)

いざ彦根城!

国宝彦根城!!
彦根城④
堂々たる美しい天守です。

表門から入城!!
彦根城入口


隣の彦根城博物館でひこにゃんがお出迎えしてくれましたヽ(´∀`)ノ

写真はないですがギャラリーが一杯いてすごく混雑してました。
ひこにゃん


重要文化財の天秤櫓です。

天秤櫓
この天秤櫓は天秤のような形状から天秤櫓と呼ばれ
我が国の城郭の中ではこの形状は彦根城のみです。

IMG_3183.jpg 

敵が責めてきた時にはこの橋を落とすなんてなんて捨て身なんでしょ(笑)


途中の石垣に見とれます。
彦根城⑥


またまた重要文化財の太鼓門櫓へ
天守を守る最後の砦です。
太鼓門櫓
もちろん登城の際にも

太鼓を鳴らして合図をしていたそうです。

今で言うインターホンか(^-^)/


いざ天守へ。。。
IMG_2705彦根城②


天守は多彩な破風で華やかな三層三階。
三階三重

所々に曲がった木材を組み合わせた梁が支えています。
彦根城内部②

急な階段。
いつも思うけどコケる人いたでしょうね!

彦根城内部
外観も内部も変化に富んだ美しい姿です。

しかし!!

天守も素晴らしかったけれどそれ以上に感激したのは

天守(本丸)から黒門に向かう途中に設けられた

井戸曲輪(いどくるわ)です。
彦根城 井戸曲輪
この曲輪(石垣)は彦根城の中で最も高く堅牢な構造になって居り
高石垣②

高くそびえる石垣は彦根城の見所の一つです。。。圧巻されました。
彦根城 高石垣

高さ20m近い高石垣が続きます。

高石垣③

高石垣④


こちらの石垣の石は丸みを帯びていました。
彦根城 石

築城当時のままでしょうかねぇ!!

明治維新に彦根城は解体されそうになったようですが 

大隅重信が視察に来た際にその消失を惜しみ

明治天皇に願い出て解体を免れたようです。


よくぞ残しておいて下さいました。

ああ本当にイイものを見せてもらいました(笑)
井伊直政像

(彦根駅前 井伊直政公銅像)



彦根城は関ケ原の戦後、家康公の命により直政公の長男の井伊直継公が築城し

ずっと井伊家の居城として彦根の街のシンボルになっています。

      Fumie記


[ 2017/09/30 18:16 ] 見聞録!! | TB(0) | CM(0)

天下統一の礎・安土城跡!!

  
織田信長公が天下統一への礎として築城した安土城。

本能寺の変の後、焼失してしまいましたが

当時のまま残る石垣や天主跡や本丸の礎石が

技術を結集して築きあげた信長公の夢を垣間見ることが出来ます。


安土城入口②   勝虫

城の入口に立っただけでその雄大さを想像できて思いを馳せます!!

歓迎してくれているかの様に多くの勝虫(蜻蛉)がi飛んでいます。

さぁ一緒に入城しましょう!!

安土城入口
入ってすぐに目の前に広がるのは

幅約6mそして160mにも渡るまっすぐ伸びた大手道です。
(因みに天主まで405段の石段・・・らしいです。)

安土城④     安土城⑤

行く道を塞ぐ様に当時の石垣が残っています。
安土城石垣

クマゼミ、ひぐらし。。。東京ではあまり聞いたことのないセミの大合唱の中

登り切った場所に広がる天主跡!

普通【てんしゅ】は 天守 と 書かれるが ここ安土城では 

天主

信長公が自身を 天の主 と考えたから。。。なのかな??
   
天守本丸跡  

安土城天守跡

   IMG_3465安土城⑦   
今だったら地上6階33mの高さだったらしいです。


天主閣から眺める景色に天下流布の風を感じていたことでしょう。


安土城⑧
当時はこの下がすぐに琵琶湖でした。
安土城は三方を湖に囲まれていたのです。

天主、本丸から下っていく途中にある

信長公の本廟。
信長公本廟
天正11年に秀吉公が

主君の太刀や直垂、烏帽子などを埋葬して本廟としました。


その先にある安土城築城時に信長公によって建立された摠見寺。

総見寺本堂跡
摠見寺は本能寺の変後、天主炎上の際も

類焼を免れましたが嘉永7年に焼失したそうです。


今は三重塔と二王門がその当時のまま残っています。
安土城総見寺三重塔   三重塔

総見寺 二王門

帰り際、登る時に気づかなかったのですが羽柴秀吉邸と前田利家邸が

大手道の入口付近の左右に構えていました。
秀吉邸③

秀吉邸   秀吉邸②
ここでの生活が目に浮かびます。

尾張弁が飛び交っていたんじゃにゃ~かな・・・(*^^)


帰りに寄った信長の館の中の安土城!!

信長の館   信長の館①

こんなに煌びやかな天主があの山中にあったとは。。。

信長の館②     信長の館②

信長公とお市様と三人の姫君の人形と

たった三年で焼失した安土城の姿に

戦国の世の儚さを感じてしまう安土城探訪記でした。。。

      Fumie記


[ 2017/09/11 13:33 ] 見聞録!! | TB(0) | CM(0)

滋賀県・歴史探訪!

歴史の宝庫!

滋賀県を巡って参りました。

まずは湖北から。。。

湖北には賤ケ岳古戦場、姉川古戦場、小谷城跡、佐和山城跡、長浜城跡

その他名所、名跡がたくさんあります。

まずは長浜駅前の 秀吉・三成 出逢いの像 からスタート!

長浜駅 出逢い

そこで出逢いの場である観音寺を訪れました。

観音寺②

長浜城主である秀吉公が鷹狩の帰り道、喉の渇きを覚え

ここ観音寺に立ち寄り茶を所望した。

対応した寺の小姓がまずは大ぶりな器にぬるめの茶を差し出した。

喉が渇いていた秀吉公は一気に飲み干し、もう一杯所望した。

小姓はやや小さめな器にやや熱めの茶を差し出した。

秀吉公が試しにもう一杯所望すると

小姓は小ぶりな器に熱く点てた茶を出した。

相手の様子を見て欲するものを出す気働きを

気に入り小姓を城に連れ帰った。

この小姓が後の治部少輔、石田三成である。

観音寺

観音寺のある石田町は

石田三成の生誕地でもあり

8月26日から公開の映画

『 関ケ原 』 のポスターがあちらこちらに見られ

ちょっと関ケ原ブームっぽかったです(笑)

関ケ原②

関ケ原

三成公の屋敷跡には石田会館がありました。
IMG_2629.jpg

三成旗印
ONE for ALL , ALL for ONEの先を行ってますネ

石田会館

長浜城!!
長浜城②

長浜城跡には長浜歴史博物館があり天守閣の姿を模しています。

長浜城


長浜城は浅井攻めで功績を認められた秀吉公が

拝領した地に築城した初の居城です。

当時は今浜と呼ばれていたが信長公の長の字をつけ

長浜に改名したと言う事です。

滋賀県ホント見て回れないほど

歴史好きなにはワクワクドキドキの地であることは

間違いなし!

            Fumie記



[ 2017/08/23 16:50 ] 見聞録!! | TB(0) | CM(0)

信長公南蛮胴!

岐阜市信長公450(よんごーまる)プロジェクトが7月13日から始まりました。

ポスター 
1567年に織田信長公が岐阜に入城し

岐阜と命名してから450年を迎えました。


信長公は1567年から10年間岐阜を本拠地とし天下平定を目指し

楽市楽座を開いたり鵜飼の保護を行うなど

岐阜市の礎を築いたのです。


そんな信長公の岐阜入城・岐阜命名450年記念事業が


岐阜市信長公450(よんごーまる)プロジェクトです!!

プロジェクトの目玉企画!!

『 体感!戦国城下町・岐阜信長公ギャラリー』 にて

高橋英樹さんがモデルの織田信長公が着用する南蛮胴具足です。



着用するのは実にリアルな高橋さんの蝋人形です\(◎o◎)/!

信長450⑪

180cmの英樹さんに着せるのも一苦労(@_@;)

信長450⑧ 

蝋人形なの足あげてくれませんし。。。(笑)

信長450⑨ 

企画から制作、納品までお客様との何回にも渡る打合せが実り

渾身の一領が出来上がりました。
信長450⑦ 
このプロジェクトの影の功労者のSさん!!

ご苦労様です。

信長450③

そして2017年7月13日

織田信長公の館跡の発掘場所でもあるこの地に

館を再現した信長公ギャラリーが完成しました。

信長450プロジェクト① 

人形の前に立つと高橋英樹さんの声で話しかけてきます。



信長450②


信長公ギャラリー


岐阜市の公園で33年前から発掘調査が続けられている

織田信長の館跡である岐阜市のぎふメディアコスモスにて

前期展 7月13日から9月24日まで

後期展10月6日から12月17日まで

開催されています。(入場無料)

お時間の取れる方は是非寄ってみては如何でしょうか。

Fumie記



[ 2017/07/25 13:55 ] 作品のご案内 | TB(0) | CM(0)